いいえ

シーツのように真っ白な顔で、アーロンは話し出したの。リトアニアのテルシェにあるユ ダヤ教神学校のイェシーバーはまだ開校している。僕はずっと世界中から将来のラビ(ユ ダヤ教の聖職者)が集まる、あの学校で勉強したかったんだ。

そうよ、わたしたちは上海じゃなくて逆の方向に行かなくちゃいけないんだわ。リトアニアに行かなくちゃ。ナチスから逃げるか、ソ連から逃げるかなんだもの。みんなが今、リトアニアを目指している。ポーランド東部を占領したソ連は、地元のイェシーバー神学校をすべて閉鎖してしまったの。だから生徒たちはみんなリトアニアに移された。つまり、誰でもそこへ亡命できるってことよね。アーロンはエリーザについて、長いこと話していない。エリーザのお父さんは、アーロンを乱暴に突き飛ばしてドアから追い出したの。「こうすればお前のユダヤ人顔を二度と見なくてすむ。うちの娘に関わるな!うちの家族を壊すな!このクソユダヤ人野郎!」エリーザはユダヤ人じゃないから、アーロンは絶対にエリーザと結婚なんてできない。

アーロンは顔色が悪くなっただけでなく、すっかり変わってしまった—今は勉強に没頭し、手紙に隠れ、本や巻物に埋もれて出てこないのです。テルシェ・イェシーバーでは昼も夜も邪魔されることなく勉強でき、生徒たちは交代でトーラーを学びます。テルシェ・イェシーバーは、世俗のオックスフォードにも匹敵するほど有名な学校です。そうよ、リトアニアに行こう、せめてポーランドのヴィリニュスに。ヴィリニュスはユダヤ人の街だから、ユダヤ人は仲間を決して見捨てないわ。

それに...と小さな声でアーロン鳥がさえずった。そして話しているうちにどんどん大きな 声で鳴き出した。ヴィリニュスに着けば国境を越える必要はないじゃないか。今の時点で は、ヴィリニュスはポーランド領だけど、すぐにリトアニアに返還される。つまりポーラ ンドのヴィリニュスにさえいけば、僕たちはある時突然リトアニアにいるってことになる んだよ!僕たちが国境を越えるんじゃない。国境が僕たちを越えてゆくんだ。アーロンが ますます早口に、ますます熱っぽく語ると、やっとパパの凍りついた冷たい眼差しが、温 かく溶けていった。

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