
はい
杉原千畝はついに決断を下した。早朝、千畝は庭に出て大きな声でみんなに伝えたんだ。「日本の通過ビザを発行いたします」

一瞬、世界中がしんと凍りついたようだった。だけど、すぐさま静寂は跡形もなく消え去った。喜びの叫び、喜びの涙。腕の中の子供を抱きしめる母親、抱き合う人々。そして、みんなが門に駆け寄ってきた、中には門を乗り越えようとする人もいた。領事館のグッジェとボリスラフは、庭に雪崩れ込んでくる人々を止めようとした。
「ビザはまちがいなく発行します。ですから、順序よく待っていてください。一度に全部はできません。みなさん、列に並んでください」と領事はうめくように声を上げた。
ボリスラフは、押し合いへしあいにならないように、全員に番号つきの整理券を配ることを思いついた。
千畝は、コーヒーを飲み干すと事務所に急いだ。ややこしくて時間のかかる仕事が待ち構えている。ビザを発給する前に、まず申請者全員に対する申請書の質問を埋めなくちゃいけないんだ。最終目的地の保証人がいるかどうか、旅行者が列車の切符を持っているか、せめてその切符代があるか、せめて旅行前にお金が入るという保証があるかどうか・・・。その日、千畝には昼休みもなかった。妻のユキコがサンドイッチを持ってきてくれた。領事館の開館時間は朝9時から夕方5時まで、と入り口に明記されていたけれど、千畝は夜遅くまでビザを書き続けた。

翌日も同じだった。そしてまたその翌日も。使い過ぎた千畝のペンは、ぽきんと折れてしまった。だからそのあとは、羽ペンで書かなくちゃいけなくなってしまった。インクのボトルに定期的に羽ペンを浸さなくちゃいけないから、余計に時間がかかる。グッジェも申請書を書くのを手伝い、領事館のスタンプを押すのを手伝った。まるで彼自身の命がかかっているかのように必死にやっていた。ボリスラフがどこからかゴム製のスタンプを持ってきてくれた。そのおかげで手書きの部分は少なくなったけれど、それでも千畝は毎晩疲れ果ててベッドに倒れ込んだ。ユキコは、千畝の痛む、腫れた手をマッサージする。だけど、数分後には千畝は深い眠りに、疲れた男性特有の深い眠りに、落ちていったんだ。
もう!みんな、ネコのぼくを忘れている!むかむかしちゃう。だから、一番やっちゃいけないって言われているところで眠ることにした。メイドのベッドで寝てやるんだから。ふん!だけどものすごく不思議なことに、メイドは全然怒らなかった。彼女はただ涙をふいて、ぼくを抱きしめた。それは、なんていうか、とても・・・いい感じだった、
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