ニセモノとまねっこ

ねぇ、またまたわたしよ、リア。前に会ったときは、おにいちゃんのアーロンがパパを説得してリトアニアに行くって話だったわよね?

私たちはヴィリニュスに落ち着いたし、アーロンは念願のテルシェ・イェシーバに逃げ込んだ。最初はけっこううまくいってたの。わたしたちは避難民の避難所に小さな部屋をもらって、難民用の食堂でごはんを食べた。戦争が終わるまでは待たなくちゃいけないけど、でも、その後にはお家のあるウッチに帰るか、それかもしかしてワルシャワに向かって、そこからアメリカに行くんじゃないかって思ってた。だけどね、ソ連がリトアニア政府を占領して、私たちの足元にまた火がついたって感じ。 特にアーロンは、ユダヤ人神学校の生徒だったから、この新しい政府に、またひどい目に遭わされるに違いなかった。どんな宗教もつぶす新政府なんだもの。 だけどね、アーロンからこんな知らせが届いたの。オランダ領事がキュラソーへのビザを発給してくれて、日本領事が通過ビザを出してくれるのですって! アーロンは、ほかのテルシェ・イェシーバの生徒さんたちと、もう両方のビザを受け取っているの。先生と一緒に10月に汽車で出発したわ。わたしたちは短期滞在中の日本で落ち合うことになったのよ。だけどね、なかなか思うようにはいかないものよね。パパが頑張ってお金をやりくりして、家族全員分の電車のチケットを買おうとしたわ。ウッチで作った金のバックルがあるでしょう? あの黒く塗りつぶした靴のバックルを削って金を現金に換えようとしているうちに、あっという間に時間が経ってしまったの。だからね、パパがお金と書類を持ってカウナスに着いたときには、領事館はすでに閉鎖されていた・・・。

パパは何年も、わたしたちにそのことを言わなかった。

women_9 women_9

わたしたちがそれを知ったのは、ずっとずっと後になってから。 それは、わたしたちがもう海外に住むようになってから。 それは、長くて複雑な旅を、この地上での旅を立派に終えたおばあちゃんが、美しいお葬式で見送られてから。 それは、アーロンの結婚式でみんなが踊り明かしてから。 パパは甘いワインをちょっとのみすぎて、その時に本当のことを話してくれたのよ。

house dad

杉原領事が発給した有名なビザのリスト。そこにうちの家族の名前はない。間に合わなかったパパは崩れ落ちて泣きじゃくっていたわ。その時、元職員が閉鎖された日本領事館の前を通りかかったの。パパをみつけて、心底同情してくれた。同情に加えて、金のバックルが役に立ったのは確かね。その人は、ヴィリニュスに戻って、聖カシミール教会に行きなさいと言ったのですって。「どうしてです?祈るためですか?」とパパは驚いて聞いたわ。「キリスト教の神が、ユダヤ人を助けてくれるとでもいうのですか?」

でも、そうじゃなかった。聖カシミール教会の地下には、ビザやパスポートなど、出国に必要な書類を偽造する秘密工場があったの。ニセモノの書類たち。ビザ発給が大変だったときにね、ポーランド人のアシスタントが、杉原領事の仕事を早くするためのゴム印を持ってきたのを知っている?その時、そのアシスタントは、自分のポケットにもそのゴム印のまねっこ、模倣品を忍ばせていたのよ。それは違法だったけど、でもそのおかげでパパはこうやって私たち家族のために、とても高くて、そして完全にニセモノのビザを手に入れたの。パパ代表の通過ビザ1枚があれば、家族全員分が日本を通過できる。

door dad

だけどこのビザだけでは不十分で、ソ連を出国する許可を得なくちゃならないのよ!NKVD(ソ連の秘密警察を統括しているところ)の本部で、パパはその許可を与える引き換えに、親切にも「仕事」を提案されたのよ。

パパはソ連のスパイになるのか?