




今はさ、スパイするのが簡単になったよね。もしポケットに携帯電話が入っているなら、きみは、きみをスパイしているデバイスをもっている、っていうのと同じことだよ。だけど、そうお手軽でも簡単でもなかった時代。そう、もっとワクワクする時代にきみを連れて行ってあげる。
それは1918年のこと。ロシア領から独立したリトアニア共和国では、シークレットサービスのネットワークが広がっていた。新しい国では、そういったことに割けるお金があんまりなかったから、スパイチームは女の人だらけだったんだよ。他人の家で働く人を守ってくれる守護聖人の聖ジータ。この聖ジータ教会のメンバーであるメイドさんとかさ。そう、もしきみがメイドを雇っているなら、すごく気をつけなくちゃいけないってこと。
メイドたちはきみのタンスを掃除するし、机の上をきれいにして、ゴミを片付ける。(そのゴミたちはチェックされている、絶対にね。)彼女たちは気づかれずに家の中を歩き回れるし、きみだって彼女たちを家具の一部か、無口なじゅうたんとしか思わないだろう? つまりさ、こう思い込んでいるわけさ。このまったくもって教育をうけていないおばかさんは、なにを言われても理解しないし、自分たちの言葉なんて話せもしないってね。

ほら、ぼくを見てごらんよ、この物語の輝かしい語り手、このネコ様をさ。ぼくなんて、最高のスパイだぜ。ぼくの毛皮は黒だし、いつだって白い手袋をはめている。長いひげをはやして、ピンとたった耳をもつ。ナデナデしてもらうのが好きだ。ぼくが今まで会ったスパイはみんな、超ナデナデしてくるんだ。多分、ぼくには彼らと共通点があるってわかっているんだよね。それでね、ぼくはね、もしやろうと思えば、あまーい声でゴロゴロして、ぼくにきゅんとしているスパイから秘密を聞き出すこともできるんだよ。それから、やろうと思えばスパイが机の下に虫型盗聴器をつけようとしているときに、サイレンみたいにミャアミャア鳴いて知らせてやることだってできるんだ。
え?どうしてスパイについてこんなにたくさん話しているんだって?だってスパイっていうのは、たっくさんいるんだもん。聞いたことはない? 1939年までに、リトアニアの保安局はポーランドのスパイとして302人を拘束した。(そのうちの42人は女性だ。)ドイツのスパイとしては87人を拘束した。(こっちは3人が女性。)そして、ソビエト連邦(現在のロシア)のスパイは、これらを足したより4倍も多かったはずなんだ。
あぁ、なんか数字な話していたら、飽きてきちゃった。あくびがでちゃうよ。ぼくたちネコっていうのは、眠ったり狩りをしていないときには、遊んでいたいんだ。ねぇぇぇぇあそぼぅよぉぉぉぉ!そうだ!第二次世界大戦直前がいい!この時のリトアニアをめぐる旅に行こう!カウナスのことを紹介してあげるよ。ここはね、のちに「北のカサブランカ」と言われるくらい、たくさんのスパイがいた街さ。きみに似た人たちが、その時どんな風に暮らしていたか教えてあげる。11の物語を通してね。彼らはスパイだったり、鍛冶屋さんだったり、ごく普通のメイドさんだったりした。ぼくたちネコの目だけが彼らが悪いやつかどうかわかるんだ。人間は、誰がどんな人かなんてわかっちゃいない。いいかい、このことは忘れちゃだめだよ。
どんな髪の色だって、スパイとペテン師はいい人風(ふう)。(もちろんネコは、ネコだよ!)
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