
そんなに悪くはなかったの、最初はね
ハァイ!わたし、リア。ドイツのフランクフルト・アム・マインで生まれたの。だからフランス語だけじゃなくて、ドイツ語も話せるのよ。(ポーランドの体育館で教わったの。)それはね、弟のトリクが生まれたとき、わたしたち家族がポーランドのウッチに引っ越したからなの。わたしのパパは宝石商で、小さな宝石店を経営しているわ。






うちの家族はっていうとね、そうね、お兄ちゃんのアーロンについて聞かれたら、一番はじめに、お兄ちゃんはエリーザに恋しているって言うわ。本屋さんのね。それから、ユダヤ教の神学校イェシーバーの生徒だって付け加えるわ。でも、お兄ちゃんは机にむかっている姿より、本屋さんの窓ガラスの奥に見えることの方が多いんだけどね。
弟のトリクは、まだたったの4歳。いつもママのスカートを握り締めているか、おばあちゃんのベッドに腰掛けておとぎ話を楽しそうに聞いている。ママは、トリクがぐずってスカートを握り締めているときでさえ、すごく美人なのよ。いつも笑ってるの。でも、もしママが唇を噛みしめたら嵐が近づいているってことだから気をつけてね。
誰もその嵐からは逃れられないわ。ママの嵐のしずめ方は、パパが一番よく知っている。

一週間前だけど、ママの嵐が少しずつたまってきたことがあったの。氷屋さんが、生鮮食品用の氷をもってくるのが遅くなっちゃってね、バターは溶けちゃうし、お肉は色が変わっちゃうし、パパのビールは「だいなしになった。」(少なくともママはパパにそう言ってたわ、何度も唇を噛みながら。)
今はね、ママはまた笑ってる。強そうな男の人たちが大きな箱をキッチンにもってきて、白い ケルビネーター を取り出したから。そう、ケルビネーターってね、冷蔵庫のこと。ケルビネーターを電源につなぐと、バイクみたいな大きな音でエンジンがゴロゴロいうのよ。キッチンでおしゃべりするのが難しくなっちゃった。冷蔵庫それ自体もぶるぶるゆれているし、それがまた左右にもゆらゆらしてるの。ともかくね、これでパパはいつだって冷たいビールを飲めるし、ママはたくさんのバターを買える。わたしたち子供たちは、アイスクリームを食べられるってわけ。アイスを買うために、ダウンタウンのアイス屋さんに行く必要がなくなったのよ。ただ欲しいって思えば、すぐそこにあるんだから。
それでね、ケルビネーターがうちに来たあとのこと。ダウンタウンのアイス屋さんを避けなくちゃいけなくなる、ひどいことがおこったの。アイス屋さんだけじゃなくて、ダウンタウンそのものを。先週、学校からの帰り道、何人かの男の子にこう言って止められたの。

「おい、そこのむかつくユダヤ人野郎!おまえ、くさいんだよ、空気をよごしやがって。普通の人にまざってここでなにしてんだ。街からでていけ!自分の国へ帰れよ!」
すごく怖かった。わたしはかけだしたけど、男の子の一人がわたしの足をひっぱったから、転んでひざをすりむいたの。足をひきずりながら家に帰って、ママに泣きながら聞いたわ。ねぇどうして?どうしてあの子たちこんなことするの?あの子たちが怒鳴ってた、自分の国ってどこの国のこと?


パパはラジオの前に長いこと長いこと座っていた。それからやっとラジオを消してママに言ったの。血の気がひいて唇が灰色になっているママに。「行こう、アメリカに行くんだ。知り合いがいる。いい通りに宝石の店を借りるのを手伝ってくれるって言っているんだ。子供たちは語学が得意だろ?すぐに馴染むよ。いい学校へもやれる。なぁ、行こう、お願いだ」